福岡高等裁判所 昭和52年(う)254号 判決 1977年12月06日
主文
原判決を破棄する。
被告人を無期懲役に処する。
原審における未決勾留日数中五〇〇日を右本刑に算入する。
押収してあるけん銃一丁及び登山用ナイフ一本を没収する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人木下春雄提出の控訴趣意書(同補充書を含む。)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
右控訴趣意(量刑不当)について。
よって、所論にかんがみ本件記録及び原審において取調べた証拠に現われている被告人の情状を検討するに、被告人は実妹よし子が田川市内の暴力団太州会会長太田州春の妻となっていた縁故で自らも同会に身を寄せ、その幹部となっていたところ、自己の服役中に結成された暴力団赤心会が漸次その勢力を筑豊地区に拡大し、事毎に太州会と対抗するようになったことから、他の同会幹部と共に赤心会に対する敵がい心を燃やすと共に、同会の総長高瀬昇に対する個人的な恨みも加わって、昭和五〇年四月頃から右高瀬昇の殺害を企図するに至り、常時けん銃等を携行してその機会をうかがっていたものであるが、原判示日時頃右高瀬方居宅前を通りかかった際、同人がその二階にいることを知りこの機会に同人を殺害すべく決意して、実包四発を込めたけん銃(回転弾倉式)及び登山用ナイフを隠し持って同人方二階八畳間入口に至るや、被告人を見て危険を感じて組みついてきた高瀬昇(当時四八歳)に対し、その頭部を狙ってけん銃を発射し、弾丸一発を命中させて同人を即死させ、更に銃声を聞いて二階に駆け上ってきた赤心会の組員中野春義(当時三二歳)に対してもその頭部をめがけてけん銃を発射し弾丸一発を命中させて同人を殺害したものである。
右に明らかな如く、兇器はけん銃であり、至近距離から頭部を狙って二人の人間を次々に射殺したものであって、計画的な烈しい殺意に基く兇暴極まる犯行であること、しかも右殺人は暴力組織の対立抗争等に基因するものであって、動機に酌むべきものは認められないこと、被害者の高瀬昇及び中野春義はいずれも自ら好んで暴力組織に身を置いた者であるとはいえ、本件の如き非業の最後を招来すべき落度は認められず、その無念さと残された遺族の悲嘆は計り知れないものであるところ、これらに対する慰藉の措置は格別講ぜられておらず、各遺族はいずれも被告人に対する厳罰を切望している状況であること、また原判決も説示する如く本件犯行の兇暴性が地域社会に及ぼした衝撃は大きく、その社会的不安感等の影響はたやすく看過できないものであること、翻って被告人の行状を見るに、既に一六歳の頃から田川市内の暴力団高橋組に加入し、恐喝及び暴行等の非行により中等少年院に収容等されたほか、成人後も暴力事犯で再三処罰を受けてきたものであり、殊に昭和三九年七月一四日には福岡地方裁判所飯塚支部において殺人罪(右高橋組の幹部堀江正孝から因縁をつけられた際同人の持っていた短刀を奪い取ってこれで同人を刺殺したというもの。)により懲役七年に処せられたにも拘らず、その行状は少しも改善されず、仮出獄間もない昭和四五年秋頃から前示の如く太州会の幹部となって無為徒食の生活を送り、その間更に、恐喝等の罪を犯し、本件犯行は右恐喝等の罪による服役出所後わずか四ヵ月にして敢行されたものであること、すなわち、被告人は三十代の半ばにしてすでに三名の人命をさしたる理由もなく奪っているものであって、殺人犯のなかでもまれにみる戦慄的な所業であり、その危険にして反社会的な性格は容易に矯正し難いものと認められること等にかんがみるときは、その刑事責任は極めて重大であり、原判決が被告人に対して無期懲役刑を科したことは相当であって、所論の被告人に有利な事情を参酌しても右科刑を不当とする事由を発見できないものである。
尤も、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後被告人と中野春義の妻中野スガ子との間には示談が成立し、被告人においては同女に対し、損害賠償金として現金一〇〇万円(但し、原判決の時点迄に支払われていた二〇万円を含む。)を支払済であるほか、向後五年間に三〇〇万円を支払う旨約束していて、これに伴い右中野スガ子の被害感情も多少宥和していることが認められるのであるが、前示のとおり被告人の刑事責任は余りにも重大であって、これらの原判決後の被告人に利益な事情は未だ原判決の科刑を変更させるに足りないものである。
ところで、所論は原判決が原審における未決勾留日数を本刑に算入しなかったことについても、これを不当であるというのである。そこで、この点を考えてみるに、刑法二一条にいう「本刑」とは無期(懲役及び禁錮)刑を含み、裁判所は無期刑を宣告する場合においても、未決勾留日数の全部又は一部を右無期刑に算入することを得るものであるから(この趣旨は所論援用の最高裁判所大法廷判決―昭和三〇年六月一日、刑集九巻七号一、一〇三頁―からも窺われるところである。)、未決勾留日数の通算の不当は本刑を無期刑とする場合においても、本刑を有期刑等とする場合と同様な意味において、広義の量刑不当として問擬するのが相当である。
尤も、現在の行刑実務においては未決勾留日数を本刑たる無期刑に算入しても仮出獄の要件たる一〇年の期間の算出に何ら影響を与えるものではないとされ、未決勾留日数の算入の有無を問わず、仮出獄の要件としては無期刑の判決確定後一〇年の期間の経過を必要とし(昭和五二年一〇月三一日付法務局矯正局総務課長回答、法務省矯保第二、二三五号の第一項参照。)、又、個別恩赦の出願資格としても未決勾留日数の算入と関係なく判決確定後一〇年の期間の経過を必要としている。(恩赦法施行規則六条参照)。しかして、無期刑における仮出獄の要件の算出に関する右の如き行刑実務上の取扱いは、実際に執行せる処遇の結果を考慮して決定すべき仮出獄制度の趣旨にかんがみ理論的にも肯認できるものであり、仮に、かかる取扱いによらず未決勾留日数を刑法二八条所定の一〇年の期間の一部にそのまま算入すべきものとするときは、その未決勾留日数が極めて多い場合に有期刑より無期刑の方が早期に仮出獄の要件を具備するという不公平な結果を招来するので、(有期刑における仮出獄の要件たる刑期の三分の一の算出方法については、昭和四七年七月二二日付法務省矯正局長及び保護局長共同通達、法務省矯保第一、二三五号の第七項参照。)かかる不当な結果を招来しないという意味においても、現行の実務上の取扱いの妥当性は否定できないところである。(なお、この点については、右の法務省矯正局長及び保護局長共同通達の定める有期刑における仮出獄の要件の算出方法を誤りとする見解もない訳ではないが、右は自由刑の執行と未決勾留との間に共通に存する拘禁による苦痛を重視する余り、その他の点における両者の差異を看過又は軽視するものであり、改正刑法草案八二条一項の如き規定のない現行法において、右見解は首肯できないものである。)
そうしてみると、無期刑に対する未決勾留日数の算入は、有期刑における場合と異なり、無期刑がのちに恩赦によって有期刑に変更されたときにのみ始めてその実質的効果を生ずるにすぎないものであるが、しかし右効果をいわれなく無視又は看過して無期刑における未決勾留日数の算入を無意味なものの如く取扱うことは許されないものであり、殊に、これまでの恩赦(特に一般恩赦としての減刑)の運用の情況に照らしてみると、本件被告人の如く犯した罪が殺人罪であり、年齢も未だ四〇歳に達していない被告人の場合、服役中に無期刑から有期刑に変更される蓋然性は否定しがたいので、当然に前記算入の効果を考慮すべきである。したがって、本刑たる無期刑に対する未決勾留日数の算入の当否は刑の量定に準じて検討さるべきものであり、その不当は広義の量刑不当として判断さるべきものである。
そこで、右の見地から原判決の未決勾留日数の算入に関する措置の当否を検討してみるべきところ、被告人は昭和五〇年六月七日本件殺人等の犯行により逮捕され、同月一〇日勾留され、同月二八日原裁判所に起訴されて、爾来身柄を拘禁されたまま審理を受け、同五二年三月三〇日第二〇回公判期日において原判決の宣告を受けたものであって、原審における未決勾留日数は合計六五九日に達するが、原判決は被告人に対して無期懲役刑を科するに当り、右の未決勾留日数を全く算入していないことが記録上明らかであり、他面記録に現われる審理の状況等にかんがみるとき、右の勾留されていた日数が全て原審の審理に必要な期間であったものとは認められず、その他記録を精査しても原判決の右措置を是認すべき事由は見出し難いところである。
かくして、被告人は無期懲役刑を相当とするものの、恩赦により、有期懲役刑に変更される蓋然性が否定できないことにより、未決勾留日数の算入の実益を有するものであり、原判決が本件において未決勾留日数を算入しないことについての特段の事由は認められないので、被告人の原審における一年九ヵ月を超える未決勾留日数(六五九日)を一日も本刑に算入しなかったことは不当であって、原判決はこの点において結局破棄を免れない。論旨は理由がある。
そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従って更に判決する。
原判決の確定せる事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の各所為はいずれも刑法一九九条に、同第二の所為中けん銃所持の点は銑砲刀剣類所持等取締法三一条の二、一号、三条一項に、実包所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するが、右第二の各罪は一個の行為にして二個の罪名に触れる場合であるから一罪として重い銑砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で処断することとし、各所定刑中原判示第一の高瀬昇に対する殺人罪につき無期懲役刑を、中野春義に対する殺人罪につき有期懲役刑を、原判示第二の罪につき懲役刑をそれぞれ選択し、中野春義に対する殺人罪と原判示第二の罪は原判示(1)及び(2)の前科との関係で三犯であるから刑法五九条、五六条一項、五七条により各累犯の加重をなし(中野春義に対する殺人罪については同法一四条の制限内で)、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四六条二項に則り原判示第一の高瀬昇に対する殺人罪の刑により処断して他の刑は科さないこととして被告人を無期懲役に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中五〇〇日を右本刑に算入し、押収してあるけん銃一丁及び登山用ナイフ一本は原判示第一の各殺人の犯罪行為に供し又は供しようとした物であって犯人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項により没収することとし、なお原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書に従い被告人には負担させないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 川崎貞夫 堀内信明)